Mochiのlogcabin 葦立文庫版 山と旅のエッセイ集                                                    目次に戻ります→  
 1  バッカス追い出し ・・・苗場山に登る

1986.10.9.-10.10.

コース 小赤沢−−苗場山(遊仙閣・泊)−−神楽峰−−小松原湿原−−見倉  天候 小雨

本章は、姉妹編 今日も山の話し 第4話を共有しています。

                                                                                              up road-2012.5.06.


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    1. 追伸;2012.5.06. 
      今は昔、一緒にバッカスO崎隊長追い出しに参加して下さった皆さん、お元気にお過ごしですか。あれから25年と半年、そんなに経ってしまったなんて、、、。
       塩見岳を背にバッカス隊長
      「バッカス追い出し・苗場山行」から17年後の2003年、O崎隊長喜寿の祝いを、彼をかつぎ出してやろうじゃないかと空木さんと企んでいると、夏に入る頃、彼の訃報のほうが先にきてしまいました。
      そして、これこそ本当の鬼籍への「追い出し山行」を、その年10月に行いましたね。その時は会津の山々(七ヶ岳、翌日は田代山湿原)を巡り歩きました。
      この山旅の終わりに空木さんが、
      「こんな見事な紅葉を楽しめたも、バッカスの功徳のおかげだな」と言えば、それを受けて、
      「これぞ、O崎紅葉!」なんて深川さん。
      「おお、座布団一枚!」と間髪入れずに受けた梶さん。
      ダジャレの効用(紅葉)で、足腰の疲れがほぐれました。

      ←  O崎隊長最後の夏山合宿引率は58歳のとき、南アルプスの北岳−塩見岳を歩きました。(写真はそのときの仙塩尾根、北俣岳分岐付近にて 1984) 
      当サイト姉妹編「シリーズ 今日も山の話し」第3話『ロバの山靴』はこの山行をもとにして書いています。お読みいただくには一度総目次(←クリック)に戻り、「今日も山の話」の目次を経由して下さい。

    追加情報;2012.4.22.
    @ 苗場山頂の遊仙閣は経営元のセゾン破綻が原因で数年前から営業休止。すでに老朽化した施設ではあるものの、入山者も多く公共性が高い場所にあるので、再開なり権利譲渡なりの手を尽してほしいと思う。

    A 秋山ク見倉地区で行き止まりだった道路は、金城山尾根の下部にトンネルを開鑿して、逆巻から大赤沢までバイパス機能を持つ舗装道路が通じるようになった。(1997年秋開通。積雪期は除雪されず不通となる模様)

    B 秋山クから苗場山に登るには、小赤沢より上手の上ノ原地区からの林道が利用できる(常時開放か否かは不明)。25年前にすでに林道はあったらしいが、当時の登山地図には描かれておらず、「一般車両通行可」「駐車可」などの情報も得ていなかった。今は3合目駐車場にトイレまで設置されているらしいし、労力的にもだいぶ軽減される。

    C 最近の苗場山登山報告はウエッブ上にいくつも提供されている。以下は参考例。
      blogs.yahoo.co.jp/kumiyama1919/48927882.html
     tozan.org/tozan/tanigawa/1007naeba/index.html
     www.ttn.ne.jp/~s_nabe/tozan/05/0903naeba/naeba.htm

    D 鈴木牧之『秋山紀行』は東洋文庫186。岩波クラシックス『北越雪譜』にも苗場山および秋山クの記述あり。

    
          

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